2005年 12月 12日 ( 5 )

ダラムサラ旅行記(14)

11/25(金) Dharamsala 最後の日。

d0016306_1821194.jpgDharamsala 遠景。

こんな田舎町も便利になり
ATM も出来たし、
(VISA/Master OKらしい)
携帯も通じるし
(AirTelという会社が強いらしい。
2005/11現在、日本の au と
連携中であることを確認)、
ネットカフェもたんまりあるし。

あと、郵便事情がよくなればな…








朝早く、Dharamsala の隣町(?)へ。
インド人の集落を抜け、ヒンズー教の寺院の間を通り、山のほうに行くと遠くに川が見える。
Thupten さん曰く、そこの川に流すそうだが、僧衣を着た人の姿は見えない。
近くのインド人に聞いてみたところ、「昨日お坊さんが来てたよ」とのこと。
やっぱり遅かったか…残念。


Dharamsala に戻り、Gu-Chu-Sum の見学に行く。

まずは、2004年に完成した Tibet Photo Exhibision へ。
ここは、中国政府がチベット人に対して行った暴行等を紹介するための展示室。
刑務所で使われる暴行の道具や、実際に暴行を受けた人々の姿、
チベット独立デモの様子などの写真がある。
全て、チベット本土から逃げてきた人が持ってきたものだ。
目を背けたくなるような写真がたくさんあった。
昨日会食したお坊さん2人も、同じように暴行を受けていたのだと思い出す。
精神安定剤が手放せない人も多いらしい。

続いて、職業訓練クラス見学。
ここでは、英語・チベット語・コンピューター・手芸のクラスがある。
コンピュータークラスを見せてもらった。
現在は15人ほどが勉強しているとのこと。
OS は Win98。Excel / Word / Photoshop / Page Maker / Dream Wever 等を
教えているようだった。
いろいろ聞きたかったんだけど、双方の英語力が英語力なだけに無理だった orz
英語のクラスは、ボランティアの男性が担当しているそうだ。

TCV は18歳までしか入れない。
更に上の人を受け入れる学校もあるらしいのだけど、環境が悪く、
逃げ出す人も多いのだとか。
大人になって逃げてきた人達には、ここは貴重な勉強の場なのかもしれない。
ルンタハウスの宿泊施設も見学する。
比較的綺麗でちょっと嬉しかった。


そのあと、Yeshe Togden 氏の部屋でお茶。
バター茶の洗礼を受ける。
チベット人は、客のコップから少しでもお茶が減ると、またいっぱいになるまで
茶を継ぎ足す。おなかがたぷたぷになってしまうくらい、バター茶を満喫した。
Yeshe 氏は、Gu-Chu-Sum の代表として、世界のあちこちに招かれている。
そのときの写真を見せてもらった。
この方、本当にお茶目な人で、自転車に乗ってはしゃいでいる写真や、
蝋人形館でジェームス・ボンドと記念写真など、思わず噴き出す写真がたくさんあった。
本を執筆する予定があるそうだ。完成したら是非読みたい。


更に、「@Lungta」という、ルンタハウスのそばのネットカフェへ。
ルンタハウスで就業訓練を受けた人達の経営するネットカフェである。
此処は残念ながら日本語未対応だが、ネットカフェ以外に
チベット語の文書作成サービスも受け付けているという。
他よりもちょっとお手軽な値段でやってくれるらしいとのうわさなので、
興味のある方は是非ルンタ・プロジェクトへ問い合わせをば。


午後3時前。
出発の時間である。
お世話になった人々がカターや土産をたくさん持って来てくれた。
うるっときた。
Yeshe Togden 氏は、
「これは法王の数珠の玉のひとつだよ」
と、数珠の玉をネックレスにしたものをかけてくれた。
この数珠の玉は、今も肌身離さず持っている。
砂マンダラの砂も持ってきてくれた。
みなさん、本当にお世話になりました。
またなんとかして来ます。
一人じゃ無理だけど。
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by miharu0211 | 2005-12-12 18:50 | 北インドへの道

ダラムサラ旅行記(13)

11/24(木) まだ続く。


d0016306_1712499.jpg夕方、絨毯工房へ。

絨毯というとペルシャというイメージだが、
チベットでもさかんらしい。
ペルシャの絨毯が繊細なのに比べて
チベットの絨毯は頑丈なのだそうだ。
スノーライオンの柄の絨毯が格好良かった。

ここも、難民の職対策のために
作られた工房だと聞いた。

難民の職探しはとても大変そうだ。





続いて、小川さんの知り合いのチベット占星術の先生のところへ。
ご夫婦共に Men-Tsee-Khang のご出身で、
旦那さんは医者、奥様は占星術の占いを専門とされている。
占い結果を英語で記してくれる先生はなかなかいないらしい。
「主に占って欲しいことを2つあげてください」とのことだったので、
前世と相方との結婚運をお願いする。
「結婚運が悪くても、それを克服する方法を書いておきますから」と先生。
参考にさせていただきますわ。

さて。仏教は輪廻転生という教えがある。
これは、ぶっちゃけると肉体が死んでも魂は生きていて、また新しい肉体を手に入れて
生まれ変わっていくという考え方である。
ただし、毎度毎度人間とは限らない。毎回人間で生まれてくるのは、ごくごく一部の
偉いお坊さんのみとされる。
我々のような一般人が現在人間として生まれているということは、
前世でものすごく良い行ないをしたからだと考えられているそうである。
はて、前世で私がどんな行ないをして人間に生まれ変わったのやら。

Thupten さんによると、チベット人は自分の前世をとても気にするらしい。
その前世によって、自分を守護してくれる仏様がわかるからだそうだ。
守護してくれる仏像を購入すると、来世でも人間になれるとか。

結果判明まで2ヶ月かかるそうなので、静かに待ちたいと思う。
個人的には、水辺の動物のような気がしている。
サンショウウオがいいなぁ。


夕飯前にルンタハウスへ。
今日は、風来坊さんの里子とご両親が来られていた。
風来坊さんのところの里子くんは悪ガキっぽい。
お土産の車をとても喜んでいた。
あとひとつのお土産、黒ひげ危機一髪の使い方はわかったのだろうか。

お客さんはそれだけでなかった。
Ten-Dol のお母さんがまた来てくれていた。
わざわざ贈り物を持ってきてくれたのだ。
綺麗な柄のストール。
暖かくて、現在重宝している。
今年の冬はこれで乗り切れそう。
お母さん、本当にありがとう。


夜は、Gu-Chu-Sum の前代表 Yeshe Togden 氏 と現代表 Ngawang Woebar 氏
会食。楽しいときを過ごす。
Ngawang 氏は元学校の先生だったらしく、長く Dharamsala に滞在できた場合には
我々にチベット語を教えてくれるという。
けどね。宿題忘れたら、教科書の前で五体投地の罰だってさ。
イラクサじゃないだけましか。
それ以外にも、いろんなことを教えてくださった。
慈悲の心のことだとか、悩み事の対処法とか。
とても気さくな方々だった。すっと心の軽くなるような気がした。
ありがたやありがたや。


この日、ひとつ残念なことがあったとすれば、砂マンダラ破壇の儀式(マンダラを壊す)と
その砂を川に流す儀式が既に終わっていたらしいということがわかったこと。
ただ、いまいちはっきりしないので、明朝に一か八か、砂を流す川に行ってみることになった。
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by miharu0211 | 2005-12-12 17:50 | 北インドへの道

ダラムサラ旅行記(12)

11/24(木) 続き。

小川さんお勧めの法王チェックポイント、
Men-Tsee-Khang 前のヘアピンカーブにて、法王を待つ。

朝8時頃から、あちこちでチベット人がのんびり法王の戻りを待っている。
我々は、法王事務所に知り合いのいる Thupten さん経由で「10時半頃戻る」と
分かったためそこまで待たずに済んだのだが、他のチベット人は時間すらよく分からぬまま
「いつかお戻りになるだろう」くらいの気分で待っているらしい。
おばあちゃん達は花を一輪手に持ち、歓迎の意を示している。
他にも、カター(白い布。これを示すことで相手への敬意を表すそうだ。)を持った人や
線香を焚く人など、それぞれがそれぞれの形で法王への気持ちを示している。
日本人一行も、カターを手に持ち線香を焚いて法王の車を待つ。

ここでの待ち時間に、Dharamsala 在住の日本人ユミさんと出会うことができた。
彼女はタンカ(仏画)を学んで3年になるという。チベット人の先生についているんだそうだ。
あとでユミさんのタンカを見せてもらう約束をする。


待つこと1時間。
インド軍の先導で法王の乗られた車を見る。
車はあっという間に通りすぎていった。
偉い人というと後部座席に乗るイメージがあるが、法王は何故か助手席。
にこやかに手を振られる姿を見ることが出来た。

3度目の拝見はあっという間だった。
けど、良い気分であった。


昼前に、どうしても覗いてみたかったレセプションセンターへ。
この施設は、亡命してすぐの人たちが収容される駆け込み寺のような場所である。
最大2ヶ月まで此処に滞在することが出来る。訪ねたときは151名もの人がいて、
中には数日前にやってきた人達もいた。
宿泊部屋は2部屋あり、男女別れて生活している。
ここにいる間に、その先の生活手段を彼らは見つけなければならない。
とても厳しい現実。逃げてきた後が大変なのだ。
数年前にここを見学したうらるんたさんによると、
前に比べるととてもきれいになったそうだが、それでもベッドが所狭しと並べられた
宿泊部屋はちょっとショックであった。
ここの屋上には簡易教室があり、子供達とボランティア+職員の女性が
コミュニケーションをとっていた。
たまたまそこに訪ねてきた女性に尋ねたところ、法王の姿を拝見するためと
子供をTCVに通わせるためにチベット本土から来たばかりだという。
チベット本土では子供を学校に通わせるのが大変なんだそうだ。

冬のほうがヒマラヤに雪が積もって見つかりにくいため、亡命する人が増えると聞いた。
この施設はこれからが大変なんだろうな。


午後、ユミさんの滞在しているゲストハウスへ。
此処にも、日本人が里親をしているチベット人の子のお母さんがいた。
子供6人のうち3人は親戚の子を育てているのだそうだ。
インドへ逃げた親戚に子を預ける人が多いらしい。
レセプションセンターで会ったお母さんと同じく、チベット本土では教育が受けられないことが
多いからだろうか。優しそうな方だったが、実は肝っ玉なお母さんなのであった。

d0016306_1538526.jpgごめんなさい…
またボケてますが、
これがユミさんの作品。
ものすごく綺麗な仏画。

タンカを極めるには7~8年は
修行しなくてはならないそうだ。

芸術の道は果てしなく厳しい。

訪ねたときは、聖人ミラレパの
下書き中だった。

ミラレパといえば。
イラクサという触ると腫れる草を
この聖人は常に持っているのだが、
チベット人の子供達は親に
「勉強しないとイラクサの中に
投げ込むよ!」
と脅されるそうな。
日本で言うところの「悪い人にさらわれるよ!」みたいなものか。
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by miharu0211 | 2005-12-12 15:50 | 北インドへの道

ダラムサラ旅行記(11)

11/24(木)。

今日はダライ・ラマ法王がアメリカから戻られる日。
Dharamsala の近くには Gagal 空港という小さな空港があり、週に3回だけ
Delhi からプロペラ機が就航している。
法王はそれに一般人と一緒に乗って Gagal まで飛び、そこからは車で Dharamsala まで
戻るのだそうだ。
法王らしいなぁ、と思う。



d0016306_1303520.jpg法王が戻られるということで、
街中は清掃され、更に仏教の5色の旗や
チベットの国旗などで飾られていた。

チベットの民族衣装チュパを着た人も多い。
話がずれるが、ももちべさんは旅行中に
チュパをオーダーメイドしていた。
チュパレポをお待ちしております。

中村さんによると、チベット本土や
ラダックから来たらしき人々もいたとの事。
チュパの生地や着こなし方で
分かるらしい。
さすが、中村さん。



法王が戻られるという10:30迄のあいだに、
小川さんの通うMen-Tsee-Khang(チベット医学暦法学大学)へ。
ここは名前のとおり、チベット医学とチベット暦を計算するための占星術を学ぶための
学校。エリートの集まる学校である。5年制だそうだ。
予断だが、西暦2005年はチベット暦2132年。

Men-Tsee-Khang の中には、教室・学生寮の他に病院や博物館、製薬工場もあり
ここで作られた薬を販売している。薬といっても、普通の内服薬のほかにお茶や
クリーム等も作っていて、チベット人のお店で SORIG というブランドがあれば
Men-Tsee-Khang の製品である。
強壮剤や痩せ薬もあったようだが、その効果はどうなんだろ。

まず、博物館を見学。
小川さんの解説でいろいろ面白い話を聞くことができた。
「消化不良などの胃の不調には、ざくろが効く。」とか。勉強になった。
博物館では、チベット医学の概念やその歴史、薬に用いる薬草や鉱石、薬などが
展示されている。
現在ここで作成されている薬の中にも、日本では毒草とされるトリカブトや、
中毒性のある水銀などの鉱石が少量用いられているそうだ。
日本でも、昔は朝鮮アサガオが麻酔薬として使われていたそうだし、
少量なら効果もあるのかもな。

d0016306_14165954.jpgMen-Tsee-Khang の薬。
チベット暦8月の満月の日に
月の明かりの下で作成され、
その後に法王が儀式を行ない
力を入れたものらしい。

これは処方箋が無いと
入手不可能。
この文字はウチェンという
チベット語の活字用書体
…かな?


法王が戻られるまでもう少し時間があったため、病院へ。
ももちべさんが診察を受ける。
アレルギーの診断を受けたそうで、食物の注意点とともに2か月分の薬を処方されていた。
ももちべさんの診察レポ
むかしなつかし丸薬なので、飲むのが大変らしい。

Men-Tsee-Khang の学校は試験中で、学生さんが真面目に暗記作業をしていた。
小川さんもこの次の日に試験予定だったのだが、その試験とは
『教官4人の前で、この時期にかかりやすい病気とその対策について語る(時間:75分間)』
というとてもハードな内容。

こんな忙しい時期にガイドしてくださった小川さんには本当に感謝しております。
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by miharu0211 | 2005-12-12 14:40 | 北インドへの道

備忘録

・高千穂鉄道
土曜の西日本新聞によると、全線復旧を断念したそうだ。
部分復旧も赤字の関係で結構厳しいとの事ですが、なんとか復旧の道を
模索してほしい。

・松川儒(まなぶ)さん
福岡ホスピスの会のチャリティイベントで、土曜にテナー歌手岡村喬生さんのコンサートに
行く。
いい声でした。感謝。
母はピアノの松川儒(まなぶ)さんが気に入ったらしい。
「CDが欲しい」と言われたが、ソロでは出してない様子。

・Inbal Pinto Dance Company
日曜のNHK教育「芸術劇場」より、『ブービーズ』『オイスター』を観る。
とにかく気に入った。夢を見ているような舞台だった。
イスラエルの集団らしい。今度は直接観たい。
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by miharu0211 | 2005-12-12 12:53 | のほくらし