上田紀行

ものすごくストレスをためるような状況に現在おかれております。
それに耐えられなくなった木曜、遠出をすることを決意。
検討の結果、ずっと行きたかった信州上田の無言館を目指すことにしました。

というわけで、今朝の長野新幹線始発で行って来ましたよ、長野。
考えていたよりも、結構近かったです。

無言館は、長野新幹線の上田駅から、上田鉄道別所線に乗り換え塩田町駅へ。
更にそこからシャトルバスに乗り換え、バス停から数分坂道を登ったところに
無言館はありました。

館名のとおり、虫や鳥の声の響く中、コンクリートで出来た無機質の建物がひっそりと
ありました。

ここは、戦没画学生の絵や身の回りの品が納められています。
今からちょうど60年前、学徒出陣のために多くの学生が戦地へ狩り出され、亡くなり、
家族達は空襲から懸命に残された絵を守ったのです。
その努力が、この無言館につながったのでしょう。

蜂谷 清さんの『祖母の像』の前では、思わず鼻をすすってしまいました。
絵のモデルとなったせいか、ちょっと緊張した祖母の顔。

あと、どうしても観たかったのは久保 克彦さん。
生きていれば、間違いなく戦後活躍したことでしょう。
いつか、東京藝術大学にあるという、彼の卒業制作『正午あるいは真夏』 をこの目で確かめてみたいものです。


そのあと、無言館の本館にあたる信濃デッサン館へ。
夭折した画家達のデッサンが展示されています。

ここでもまた出会いがありました。
村山槐多。
彼の絵作品が多く展示されていたのですが、それよりも気に入ったのが彼の文才。

一つ下の稲生少年に宛てたラブレターに書かれた、どれだけ自分が貴方の事を
恋しているかという激しい言葉の数々と、
そのくせ最後は「僕と友達になつて呉れないか。」で終わっているそのピュアさに、
すっかりやられてしまいました。
こちらのブログでは、彼の遺書が読めます。
槐多は、22歳の若さで病気で亡くなったそうです。
死を許容しようと努力しながら、それでも生にすがりつこうとする、その激しさ。

いいね、槐多。
思わず、詩集をネットで注文してしまったのでした。

2006/06/18 追記:
『信濃デッサン館』は閉館の話があるようです…うーん残念。
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by miharu0211 | 2006-06-17 23:05 | のほくらし
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