ダラムサラ旅行記(12)

11/24(木) 続き。

小川さんお勧めの法王チェックポイント、
Men-Tsee-Khang 前のヘアピンカーブにて、法王を待つ。

朝8時頃から、あちこちでチベット人がのんびり法王の戻りを待っている。
我々は、法王事務所に知り合いのいる Thupten さん経由で「10時半頃戻る」と
分かったためそこまで待たずに済んだのだが、他のチベット人は時間すらよく分からぬまま
「いつかお戻りになるだろう」くらいの気分で待っているらしい。
おばあちゃん達は花を一輪手に持ち、歓迎の意を示している。
他にも、カター(白い布。これを示すことで相手への敬意を表すそうだ。)を持った人や
線香を焚く人など、それぞれがそれぞれの形で法王への気持ちを示している。
日本人一行も、カターを手に持ち線香を焚いて法王の車を待つ。

ここでの待ち時間に、Dharamsala 在住の日本人ユミさんと出会うことができた。
彼女はタンカ(仏画)を学んで3年になるという。チベット人の先生についているんだそうだ。
あとでユミさんのタンカを見せてもらう約束をする。


待つこと1時間。
インド軍の先導で法王の乗られた車を見る。
車はあっという間に通りすぎていった。
偉い人というと後部座席に乗るイメージがあるが、法王は何故か助手席。
にこやかに手を振られる姿を見ることが出来た。

3度目の拝見はあっという間だった。
けど、良い気分であった。


昼前に、どうしても覗いてみたかったレセプションセンターへ。
この施設は、亡命してすぐの人たちが収容される駆け込み寺のような場所である。
最大2ヶ月まで此処に滞在することが出来る。訪ねたときは151名もの人がいて、
中には数日前にやってきた人達もいた。
宿泊部屋は2部屋あり、男女別れて生活している。
ここにいる間に、その先の生活手段を彼らは見つけなければならない。
とても厳しい現実。逃げてきた後が大変なのだ。
数年前にここを見学したうらるんたさんによると、
前に比べるととてもきれいになったそうだが、それでもベッドが所狭しと並べられた
宿泊部屋はちょっとショックであった。
ここの屋上には簡易教室があり、子供達とボランティア+職員の女性が
コミュニケーションをとっていた。
たまたまそこに訪ねてきた女性に尋ねたところ、法王の姿を拝見するためと
子供をTCVに通わせるためにチベット本土から来たばかりだという。
チベット本土では子供を学校に通わせるのが大変なんだそうだ。

冬のほうがヒマラヤに雪が積もって見つかりにくいため、亡命する人が増えると聞いた。
この施設はこれからが大変なんだろうな。


午後、ユミさんの滞在しているゲストハウスへ。
此処にも、日本人が里親をしているチベット人の子のお母さんがいた。
子供6人のうち3人は親戚の子を育てているのだそうだ。
インドへ逃げた親戚に子を預ける人が多いらしい。
レセプションセンターで会ったお母さんと同じく、チベット本土では教育が受けられないことが
多いからだろうか。優しそうな方だったが、実は肝っ玉なお母さんなのであった。

d0016306_1538526.jpgごめんなさい…
またボケてますが、
これがユミさんの作品。
ものすごく綺麗な仏画。

タンカを極めるには7~8年は
修行しなくてはならないそうだ。

芸術の道は果てしなく厳しい。

訪ねたときは、聖人ミラレパの
下書き中だった。

ミラレパといえば。
イラクサという触ると腫れる草を
この聖人は常に持っているのだが、
チベット人の子供達は親に
「勉強しないとイラクサの中に
投げ込むよ!」
と脅されるそうな。
日本で言うところの「悪い人にさらわれるよ!」みたいなものか。
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by miharu0211 | 2005-12-12 15:50 | 北インドへの道
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